COLUMN
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Adobe × TIS  Trend & Illustrations

2023.08.30

Trend & Illustrations #18/MIKITAKAKOが描く「Real is Radical」

アドビではビジュアルのニーズを様々な角度から分析を行い、そのトレンド予測をトレンドリポートとして毎年発表しています。
ビジュアルトレンドをテーマに、東京イラストレーターズ・ソサエティ会員のイラストレーターが描きおろした作品のコンセプトやプロセスについてインタビューする連載企画「Trend & Illustrations」。
デジタルとアナログを融合してビジュアル制作をしているMIKITAKAKOさんが、2023年のビジュアルトレンドから「Real is Radical(事実は時に挑発的)」を担当しました。

プロフィール

1977年生まれ。
神奈川県在住。京都精華大学日本画専攻卒業。Webデザイナーを経て、キングストン大学(イギリス)でイラストレーションを学ぶ。
版画に着彩を施したスタイルで、日常の断片をやさしい色調で描く。インスピレーションはファッションや旅行、日々の暮らしから。出版や広告等のイラストレーション制作の他、展示活動を行なう。2024年初個展開催予定。

https://www.mikitakako.com/
https://tis-home.com/mikitakako/

The Centered Self

日常生活に結びつく社会問題を問う

ーービジュアルトレンドの中から「Real is Radical(事実は時に挑発的)」を選んだ理由を教えてください。

 Adobeの担当者の方から、それぞれのテーマの意味を深く説明していただきました。どれもおもしろそうで迷ったのですが、自分の中で一番難しいというかチャレンジングなものにしようと「Real is Radical」にしました。来年初めて個展をするのですが、なかなか筆が進んでおらず、気分転換というのもあり、あえてこれまでの自分とは違うテーマにしました。「事実は時に挑発的」という和訳がありますが、意味深いですし、汎用性もあると思いました。

ーーテーマをどう捉えましたか?

 トレンドをイラストレーションで表現して、皆さんにわかりやすく伝えるという仕事ですよね。社会的な問題や世界情勢を反映させることが可能なテーマですし、「Radical=挑発的」と訳されていたので、「挑発的」という言葉が持つ、反骨精神やシニカルな部分をどう表現するかに悩みました。私の日常生活は子供が小さいこともあって、子育てベースで進んでいます。そこで最初は自分自身の日常生活に根ざしたところから考えました。例えば白髪が増えてきたなとか、夏だからムダ毛の処理どうするかとか、シミそばかす増えてきたなとか。そういったことを発端に考え始めたのですが、なかなか良い着地点を見つけられずにいて。
 AI (人工知能チャットボット)で「Real is Radical」から発想されるキーワードを拾ってみたり。「多様性を尊重する」、「感情を表現し共感すること」、「自由な発想力」とか、なるほど、そうだよねというものが出てきました。またPhotoshopの生成塗りつぶし機能(Beta版)にそのキーワードを入れて、生成された イメージを見たり。前回の熊井さんの制作方法は大いに参考になりました。そこからヒントを得つつ、これまでリサーチを重ねてきたことや、好きな分野からにじみ出る部分をビジュアル化しようと考えました。

ーーリサーチを重ねてきたのはどういう分野ですか?

 普段、日常生活の中での気づきをテーマに制作しているのですが、社会学的な観点でファッションをリサーチしていた時期がしばらくありました。ストリートスナップを撮影しに行くとか、本を読むとか聴講会に参加するとかのレベルなんですけど。そこでリクルートスーツについてのイラストレーションが今回のテーマに合うのではないかと思いました。
 スーツというユニフォームは、服を選ばなくていいから楽だし、同じものを纏うことで仲間意識も出てくる。また相手に不快感を与えない。その一方で肩苦しさがありますよね。最近フォーマルなスーツを着る機会があって、スーツ選びに奔走したんです。そこで気づいたのは細かい部分にデザイン性はあるけれど、色は黒、グレー、紺くらい。フォーマルなシーンではどうしてこんなにフォーマット性があるものを着なくちゃいけないんだろうとあらためて疑問に思ったんです。
 反面、私が子供の頃には黒、赤、せいぜい茶色くらいしかなかったランドセルが、パステルカラーやラメ入りとか、色のバリエーションがいっぱいあって、デザインも凝っている。時代に即して多様化しています。性別に関係なく好きな色を纏う。なのにどうして大人のスーツ、例えばリクルートスーツは画一的で、緊張感がある。もっと楽しくてもいいんじゃないか。そういう思いがあって考え始めました。

ーー「Radical」を「挑発的」と訳したのは、同調圧力に負けずに、自分を受け入れて出す勇気や力強さみたいなものを感じてもらいたいということがありました。リクルートスーツで言うと、一種の統率していくという意味で皆同じルールの方が安心で楽ということで良い面もあるけれども、決められたものに自分を合わせたくないという人もいる。それをブレークスルーできる強さや勇気みたいなものが伝わると嬉しいという気持ちがありました。それでちょっと強めの言葉にしたところもあります。(Adobe担当者)
 

スーツに対する違和感をどうビジュアル化するか

 今おっしゃっていただいたことが、まさに私が思っていたことです。
 スーツを使って、その思いをどう表現していくかを考えました。アートやファッションからインスピレーションを受けることが多いのですが、今回は現代美術家のス・ドホやファッションデザイナーのモリー・ゴダードやYUIMA NAKAZATOの作品からもヒントを得ています。
 例えばス・ドホの有名な作品に半透明の布で作った家の作品があります。このように、透過する布の持つ性質を利用して、覆い隠されていて見えなかったものを可視化させてみようと、チュールで作ったスーツを描いたらいいんじゃないかというアイデアが最初に出てきました。モリー・ゴダードやYUIMA NAKAZATOのオーガンジーやチュール素材をテーマに合わせて変化させたコレクションも好きで。また、今年の夏のファッショントレンドにはシアー感があって、若い人たちがよく着ている。そこでスーツをチュールみたいな素材にして、その下にプレーンなTシャツとジーンズが透けて見えているものにしようと。(作画中、チュールの重なりをわかりやすくする為にシャツ素材の書き込みを簡素化して表している)。
 さらにスーツ姿の男女と、通勤電車の組み合わせにしました。色調も赤と青のステレオタイプに表現してみたり。サラリーマン時代に通勤の経験や閉じ込められているというか、密室した空間の中にいる息苦しさを表現してみました。

ーー具体的な制作の手順を教えてください。

 Adobe Frescoで完成イメージに近いところまでラフを制作し、その後、線を紙版画で描いてスキャンし、Adobe Frescoで彩色しています。

ステップ1)Adobe Frescoでラフを制作

The Centered Self

構図を考え、太めのパステルツールで、最初はざっくり描く
線を整えていき、車窓の景色を組み合わせ、動きのシミュレーションを行い、最終イメージを固める


ステップ2)紙版画で線画を制作

The Centered Self

紙版画プレートに下絵を描き、ニードルで引っ掻いて版を作る
 

The Centered Self

版にインクを塗り、拭き取る(線の溝にインクが残る)。プレス機を使い刷る
 

The Centered Self

右が版、左が刷り上がり
 

The Centered Self

人物と背景の刷りあがり


ステップ3)スキャンしてAdobe Frescoで着色、モーションを追加

The Centered Self

最終形。動画から切り出したカット


ーーAdobe Frescoで描き始める前にアイデアスケッチなどを紙に描く、ということもないんですね。

 制作のプロセスはクリエイティブのコンセプトや状況毎に変遷はありますが、現在は頭の中でイメージを固めた後にいきなりAdobe Frescoで描くことが多いです。何よりシミュレーションがしやすい。紙版画で線を描く時点では、描き変えたりするのが難しいのでAdobe Frescoで完成形まで検証してから、それを元に版を起こします。紙版画にするのはアナログ感を少し出したいという気持ちもありますし、ちょっとひずんだり、ヒリヒリっとした線の感じのテクスチャーが気に入っています。実際紙版画の行程を入れると作業的には大変なんですが、刷り上がった時がすごく楽しいので、今は離れられずにいます。

ーーアナログの線は活かしつつですね。

以前は完全にアナログの制作で、筆で描いたものをスキャンしてPhotoshopで色みを若干調整していましたが、この10年ほどで制作プロセスが変わってきました。iPadで描けるのも大きい。AIもそうですが、便利なツールは積極的に取り入れていくようにしています。
 元々日本画を勉強していたもで浮世絵の展示をよく観に行きますが、今、浮世絵師が生きてたら、どんなふうに描いてたんだろうとか、考えたりするんですよね。きっと新しいものを試しているだろうと。私も技術的な進歩はどんどん試していきたいと思っています。

ーーアニメーションにした理由はなんですか?

 自分の絵がちょっと動くだけでもおもしろいなとはずっと思っていたんです。Adobe Frescoのモーション機能が非常に便利で、簡単にアニメーションが作れる。コーヒーを飲んでるイラストレーションだったら、カップから湯気がほわっと出る動きや人物が瞬きする動きだけで、すごく楽しいしアイキャッチにもなる。コミュニケーションデザインにおいても優れた表現方法だと思います。
 今回は電車内の描写を動画で表現したのですが、まずAdobe Stockにある電車や通勤イメージを参考にして膨らませた後に、ローカル線に乗ってスケッチしました。つり革の微細な動きや車窓の景色の表現などに役立てました。実際に足を運んでリサーチを行うことは大事ですね。

ーーリアリズムが入るわけですね。

 そうですね。フィクションの世界を作っていますが、リアルな日常生活がにじみ出ていると、それが共感してもらえる部分になると思いますし、自分らしさが出てくると思うので。1エッセンスは加えられたらなとは常に心がけています。
 

The Centered Self

雑誌「群像」表紙 
  講談社/2022年


ーー来年予定されている個展で、今回の経験がフィードバックされることはありますか?

 Stock用の作品制作で、これまでの仕事ではやったことのなかった作品作りに挑戦することができました。この経験をもとに、iPadを置いて動画を見せるとか、ホログラム印刷にして動かすとかを考えています。Web上の告知でちょっと動かそうかなって思ってます。
「Love and HandWorks」というテーマで、グラニーテイストな、かわいいパッチワーク模様とかを描いていて、その模様がちょっと動くとか、やってみたいです。
 
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