COLUMN
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Adobe × TIS  Trend & Illustrations

2020.04.17

Trend & Illustrations #2/網中いづるが描く「Makeup is not a Mask」

アドビが予測する2020年のビジュアルトレンドをテーマに、東京イラストレーターズ・ソサエティ会員のイラストレーターが描きおろした作品のコンセプトやプロセスについてインタビューする連載企画。第2回目のテーマは「Makeup is not a Mask」。イラストレーターという立場からも、ジェンダーやフェミニズムに触れてきた網中さんはいったいどのような作品を描いたのでしょうか?

 

プロフィール

 
アパレル会社勤務の後、独立。 主な書籍装画に『完訳クラシック 赤毛のアン』シリーズ(講談社)、『気付くのが遅すぎて、』シリーズ(酒井順子・著/講談社)+同タイトルの連載エッセイ挿絵、新装版『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズ(KADOKAWA)、絵本『赤いくつ』(角田光代・文/フェリシモ)、『ふくはなにからできてるの?』(佐藤哲也・文/福音館書店)ほか。企業広告では、ワコール70周年カレンダー(2019年)、味の素AGF「Blendy stick 紅茶オレ」キャンペーンビジュアル(2017~2019年)、ユニクロUTキャンペーン(2020年)。雑誌『婦人之友』表紙画(2017~2018年)など。主な受賞歴に、1999年「ペーターズギャラリーコンペ」ペーター賞、2003年「TIS公募」プロ部門大賞、2007年「講談社出版文化賞」さしえ賞。大分県立芸術文化短期大学美術科デザイン専攻非常勤講師。TIS会員。

https://www.tis-home.com/izuru-aminaka

 

ビジュアルトレンドについて

──ストックフォトサービス「Adobe Stock」のキーワード調査などを参考に、アドビが予測した2020年のビジュアルトレンドの1つが「Makeup is not a Mask」です。

アドビの方からビジュアルトレンドについてご説明いただいたなかで、過去に仕事で描いた絵をいくつか思い出して、イメージの湧きやすそうなテーマを選びました。

──生まれ持った容姿や肌の色は変えられませんが、それらの個性を隠すのではなく受け入れて、メイクを活かして強さとして前に出していく。ジェンダーのあり方やフェミニズムにも関わるテーマです。描いてみていかがでしたか?

社会的なテーマを1つの文で与えられて描く、というのはなかなか緊張しました。小説の装画だと、物語からヒントとなるイメージを引っ張ってこれますが、自分の絵でどうにかしないといけない。自由に描けるので選択肢が広い分、迷いました。展覧会のための制作に似ているかもしれませんね。

──私たちの社会環境とともに変化が予想されるイメージを伝えるために、クリエイティブはどのように応えて理解を促していくか。その助けとなるべく、Adobe Stockに登録して広告物などに使われる想定でトライしていただきました。さっそく作品についてお話を伺わせてください。

はい、アナログな私にとってはたいへんチャレンジングな機会でしたが……(笑)。デジタルでの制作に関して発見も多かったので、いろいろとお話できればと思います。

「people with makeup」 2020年

「people with makeup」 2020年

人物の空気感を捉える

──「Makeup is not a Mask」というテーマを選んだ理由を教えてください。

まず、「メイクアップ」という要素に自分の絵が合いそうだと感じました。化粧品会社の広告仕事は何度か受けたことがありますし、ファッション誌の『Numero TOKYO』ではコスメティックの紹介ページに絵をよく提供しています。テーマから、女性的な絵柄や華やかなイメージが頭に浮かびました。

そして性別がはっきりとしない4人の人物が並ぶ構図は、過去に描いた作品から発展させました。ウィリアム・シェイクスピアの「十二夜」という戯曲を串田和美さんが演出した演劇のパンフレットのお仕事をして、その後の企画展で展示したものです。今回いただいたテーマにはジェンダーのあいまいさも関連しているというお話があったので、男装した女性など描いたこの絵は1つのヒントになりました。  

舞台「十二夜」に連動した企画展の作品

舞台「十二夜」に連動した企画展の作品
Bunkamuraシアターコクーン公演/2011年


──今回の作品に描かれた人物はそれぞれ異なる花をまとっていますね。

描くにあたって、今のファッショントレンドを調べました。海外ブランドのコレクションやファッションショーの写真を眺めたり。そうすると、いろんなメゾンが“花”を打ち出していたんです。男女問わず、花をまとっているランウェイもあったし、メイクは絵具で描いたように派手で、まさに今回の作品のような感じ。すごくかわいいと思いました。

暗い気持ちになりがちな時期なので、明るい絵にしたいという気持ちもあったかな。花はよく描くモチーフだし、各ブランドが打ち出しているトレンドでもあったから、モチーフとして選びました。人物と花の組み合わせはあまり細かく決めすぎず、進めていきました。飽きっぽいところがあるので、普段も描きながら考えていくことが多いです。

──資料集めなど、描くための下準備はしっかりされますか?

時間を掛けます。描くことから逃げているのかもしれませんが……(笑)。小説ですと時代背景が気になって、その時代を描いた映画を観たり、ファッションを調べたり。分からないことがあると図書館に行ったり、知識を持っている人に聞いたりもします。横道に逸れてしまうけど、そうしないと不安になるので。下準備をして答えが出るかは分からないですけどね。
 

「stained glass」2018年


──網中さんが描かれる人物の洋服がかわいくて、観ていると気分が高揚しますね。

ありがとうございます! アパレル企業に昔勤めていて、モードなファッションの世界で売場に立ち、プレス関連の仕事もしていました。セレクトショップでは海外の洋服を多く扱っていて、「このお客さんにはどういう洋服が似合うだろう?」と販売時にジロジロ観察しながら考えるのも好きで……(笑)。人を観るという経験は、絵を描く仕事にとても活きています。

洋服は身につける人の雰囲気に合うかどうかが大切。描くときも、リボンを付けるとか細かいモチーフ選びより、その人物の雰囲気をざっくり見ることが大事。洋服の仕事をしていたからこそ、あまり描きこまずに最低限の要素で人物の雰囲気を伝えるのが得意なのかもしれません。「この服を着ているからおしゃれでしょ?」と押しつけるのではなく、描く人物がどう在るかを大切にしています。

ファッションはそのときの自分の気分を表せるし、色を身につけたり、自分が変わる楽しさがある。まとう人に力を与えてくれる。お化粧と同じく、持ち前の自分らしさを表現できるものですね。
 

「cats castle」2019年

 

Adobe Frescoで描いた、初めての作品

──今回の作品はどのように描きましたか?

実は、Adobe Fresco(2019年にリリースされた、スケッチ・ペイントのアプリケーション)で描いた最初の作品なんです! デジタルにとても疎い私ですが、頑張って描きました。それまではAdobe Photoshop Sketchで描いたラフをクライアントに提出して、本番は手で描くという方法でした。今年の2月くらいから始めて、いまだに「こんな風に描けるんだー!」と発見ばかり。チュートリアルの動画を眺めながら機能をあれこれ試しています。

──ロケーションやシチュエーションにとらわれず、いろんな場所で描いてもらえます。インスピレーションが途切れず、思い立ったときに描けるので、気楽に使っていただけるとうれしいです。

Adobe Photoshop SketchやAdobe Illustrator Drawなどのデジタル描画ツールは昨年から使っていましたが、手で描くよりも難しくて時間が掛かるという課題がありました。でも、フラットに描くことに関しては手描きよりもうまくできることに気づいたんです。水性のアクリル絵具で描くとフワーッと色が重なってにじんだり、筆跡のストロークがきれいな部分が、デジタルだとフラットになる。私にとってはその違いが新しいし、なんだかおもしろいなと思えて。じゃあ、画面がペッタリしすぎず、手描きの雰囲気を残すにはどうしたらいいだろうかと悩んでいました。

Adobe Frescoだと、今までの絵と違ってワッと驚く発見もあれば、私の絵らしさも表現できる。20年くらい画業を続けていて、自分の絵の変化に対してこんなにも新鮮に思えるのは初めてです(笑)。仕事を続けていれば、画風のイメージがよくもわるくも定着してくるので、このツールがきっかけで絵の幅も広がっていくといいなと思います。

今回の作品では、初めて油絵のブラシを使ってみました。部屋の中で油絵を描くのって大変じゃないですか。でもこういう絵が描けるなら、描くことを仕事にしていない人が使っても楽しいはずです。
 

「sisters」2020年

 

作り手とのキャッチボール

──人物を描くときに大切にしていることは何ですか?

好きな顔になるまで、描くのをやめないことでしょうか。顔の部分は時間が掛かります。驚かれるかもしれませんが、顔を描く時間と、それ以外の身体部分や背景を仕上げる時間が同じくらいのことも。スイスイと描けるときもありますけどね。執着して描きすぎないようにはしたいけど、いいなと思える感覚があるまで続けます。眉毛の描き方だけでも、人物の印象が大きく変わってしまう。顔っていつまでもむずかしいけど、大事ですね。

──網中さんの描く緑が好きです。どのメーカーの絵具でしょうか。

リキテックスが多いですね。「メーカーはあまり混ぜこぜにしてはいけない」と一般的には言われますけど、色によって変えています。緑は混色しないと蛍光色っぽくなりがちなので、ブルーとかイエローをいい具合に入れています。Adobe Frescoも試してみる価値、ありますよ!

──最近のお仕事で印象深いものはありますか?

バレエダンサーの首藤康之さんが演出・振付を担当されたバレエ「眠れる森の美女」のビジュアルワークです。

バレエ「眠れる森の美女」

バレエ「眠れる森の美女」ビジュアル iichiko総合文化センター iichikoグランシアタ公演/2020年


首藤さんのバレエのポスターなどをデザインしているフォームプロセスの八木祟晶さんが友人というきっかけもあって、起用してもらいました。八木さんは私のホームページをデザインしてくれたり、それと東京イラストレーターズ・ソサエティのホームページも手がけています。

私は昔、『眠れる森の美女』の絵本を作ったことがあるのですが、首藤さんがそれを読んで感激してくれたそうで、「バレエの世界をしっかり表現されていてすばらしいです。影響を受けて演出を変えました」と言われたときはとても驚きました。

『バレエ名作絵本 眠れる森の美女』 石津ちひろ文/網中いづる絵/シャルル・ペロー原作 (講談社)2009年
 



──イラストレーションが舞台の内容に影響を与えたり、変化をもたらしたんですね。Adobe Stockではどのような用途で使われるかあらかじめ決まっていませんが、利用者がこれから作る制作物にもポジティブな影響があるといいですね。

そう考えると、作品を登録するのが楽しくなりますね。装画の仕事ですと、主人公の髪型など人物のディテールが物語で描かれていない場合があります。そういうときは大丈夫かなと思いながらも、想像力を目一杯働かせて描きます。後々、筆者の方から「ぴったりの髪型だったので、文章を変えた部分もありました」と言っていただいたこともありました。一緒に作った、というとおこがましいかもしれませんが、作り手とキャッチボールができたら、とてもうれしいですね。「イラストレーションの仕事を続けてきてよかったなぁ……」としみじみ感じる瞬間です。

 

 


 

 

 

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